生きているキセキ 〜The miracle of being alive〜

私と娘、息子、そして天国の夫のハナシ。

回顧録2012.5.4 その2 死亡届け

気分を害する内容かもしれません。

ご注意ください。





一旦帰った葬儀屋が9時に来た。

通夜、葬儀その他の打ち合わせの為だ。

まず、火葬するには市役所に死亡届けを提出して許可証がもらえると言ってた気がする。

ただ、死亡届けを提出すると同時に、お父さん名義の銀行口座が全て凍結する。

でも今日は祝日なので、市役所で受付はしても、凍結されるのは連休明けの7日だと思うと葬儀屋が説明してくれた。

葬儀屋に死亡診断書を渡した後、私は弟と銀行へ行った。ATMで下ろせる分だけでも下ろしておこうと思った。

一軒目で下ろし、二軒目に行ったら既に凍結されてた。

葬儀屋に死亡診断書を渡して、ほんの2時間位?そんなに経ってなかったかもしれないのに。


午後にまた葬儀屋が来た。

お父さんを見て、傷むのが少し早いと言われた。

お父さんは太っていた。

体格のいい人や若い人の場合、体内の水分が多いから、傷みが早いらしい。だから、

通夜はあさっての予定だから今晩もう一日一緒に居られると思っていたのに、急遽今日の午後から斎場の保冷室に行ってしまうことになった。

お父さんが行った後、あまり覚えていないけど、私の帽子を買いに行ったのは覚えてる。

喪主の私は、本当は喪服は着物。正確になんて言うのか分からないが、着物を着るのが通例らしい。

でも、帽子なしでヅラだけになるのがイヤだったので、喪服は黒のスーツにした。でもやっぱりヅラだけになるのはイヤで、スーツに似た素材のぐるっと全体にツバのある帽子を買った。

葬儀屋は私に次から次へと色々なことを言って来た。棺のサイズがどうとか、食事は何名分か、お花はどれにするかとか…もう、何が何だか頭が混乱して、お義姉さん夫婦や弟の助けがなかったら、どうなっていたか分からなかったと思う。

通夜、葬儀の日程を勤めていた会社や知り合いに出来る限り伝えた。

あとはあまり覚えていない。


明日5日はお父さんの旅支度(これも正式に何て言うのか分からない)をするために斎場へ行くことになった。



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